世界初のカップめん「カップヌードル」の開発

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1.欧米視察でカップヌードルの着想を得る

日清食品の創業者である安藤百福が世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を誕生させたのは1958年8月のことである。お湯を注ぐとたった2分で食べられることから《魔法のラーメン》と呼ばれ、またたく間に大ヒット商品となった。

安藤百福

日清食品の創業者、安藤百福氏

 

やがて「チキンラーメン」の発売から10年が過ぎると、国内の袋めん市場は飽和の兆しを見せ始めた。そこで、安藤はインスタントラーメンを世界に広めようと考え、欧米市場の視察へと出かけたのだった。

アメリカでスーパーを訪れたときのことである。現地の担当者たちは、試食用に手渡されたチキンラーメンを小さく割ってカップに入れ、お湯を注いでフォークで食べ始めた。安藤はこの光景を見て、「欧米人は箸とどんぶりで食事する習慣がない」ということに改めて気づいた。インスタントラーメンを「世界食」にするためのカギは、食習慣の違いにあったのだ。

この時に掴んだ大きなヒントをもとに、安藤は「めんをカップに入れてフォークで食べる」というまったく新しい新商品の開発に取り掛かった。

 

2.容器、ふた…難関を次々克服

新商品の開発は、容器を作ることから始まった。お湯を注ぐだけでそのまま食べられ、片手で持てるサイズと軽さで、しかも手で持っても熱くない。そんな理想的な容器を見つけるため、陶磁器、ガラス、金属、紙等、様々な素材を収集した。その中で安藤百福が目をつけたのは、軽くて断熱性が高く、経済性にも優れている《発泡スチロール》(発泡ポリエスチレン) だった。ところが、当時の日本で《発泡スチロール》が使われていたのは、魚のトロ箱くらいのもので、とても食品容器として使えるものではなかった。

そこで安藤は、アメリカの技術を導入すべく合弁会社を設立し、自ら容器製造に乗り出すことにしたのである。臭いがなく、食品容器にふさわしい品質にまで精製するのに時間がかかった。独特なプラスチック臭を除去するのに、熱い蒸気を吹き付ける釜に入れる方法を採用した。努力の甲斐あって、アメリカFDA (食品医薬品局) の品質基準をはるかに上回るカップが完成した。この容器は画期的な技術革新となり、日本だけでなく世界の食品容器に採用されて技術水準の向上に貢献したのである。

また、厚さが6センチにもなるめんの塊を均一に揚げる方法も大きな問題だった。表面が揚がっても中は生のままだったり、中まで揚げると表面が焦げてしまったり…。そこで思いついたのが、パッド (型枠) に入れて揚げる方法である。カップの大きさに合わせた円すい台形のパッドにめんを入れ、フタをして揚げると、浮き上がってくるめんがフタに突き当たり、下から次々浮き上がるめんに押し上げられる。その結果、厚いめんの塊を均一に揚げることができるようになった。めんの塊は上が密、下がまばらの状態になるので、湯を注ぐと一気に下まで通り、疎の状態にあるめんの下側からやわらかく戻っていった。ふたに押しつけられた部分が平らになったことで、具材を載せる台座の役目を果たすことにもなった。

さらに、長期保存を可能にするため、ガス遮断性に優れたフタの素材を見つけ出すことも課題の一つだった。どんな素材が良いか悩んでいた時に安藤にひらめきをもたらしたのは、アメリカ出張から日本に戻る飛行機の中で、たまたま客室乗務員がくれたマカデミアナッツの容器だった。紙とアルミ箔を貼り合わせた上ブタをカップに密着させるというアイデアは、この時に生まれたのである。ふた

カップヌードルの開発は山を越えたかに思えたが、最期に大きな難関が残っていた。上が広く、底の方が狭い容器にめんを収めるのが大変難しかった。めんを容器より小さくするとストンと中に落ちる。これでは輸送中にめんが壊れてしまう。そこでひらめいたのが「宙吊り」のアイデアだった。めんの直径を容器の底部より大きくして、容器の中間に固定する方法である。ところが、めんの平らな部分を水平にするのが難しい。いびつになったり、ひっくり返ったりしてしまう。悩み抜いた安藤が出した答えは、容器にめんを入れるのではなく、伏せて置いためんに容器を上からかぶせるという《逆転の発想》だった。実際にやってみると、めんは容器の中間にしっかりと固定され、びくとも動かなくなった。これが後に、カップめんにおける「中間保持」の技術として実用新案登録されたもので、さらに副次的な効果を幾つも持っていた。例えば、めんが中間に固定されているため、かすがいの役割を果たしカップの強度を高めた。輸送中、少々乱暴に扱われても、めんは壊れない。めんの上に具材を盛ることもできる。まさに、『カップ入り即席めんの製法としてこれ以上のものはない』と安藤自身が断言するほどの価値ある発明だった。

容器

3.カップヌードル誕生

数多くの困難を乗り越え、世界初のカップめん「カップヌードル」は、1971年9月18日に発売された。袋めんが25円の時代に1食100円と高価で、また、立ったまま食べるのは良風美俗に反するという意見も飛び出し、なかなか商品が店頭には並ばなかった。そこで安藤百福は、自衛隊や新聞社、深夜勤務の職場など、まったく新しい販売ルートを開拓し、それまでにない宣伝や販売促進を行っていった。

その1つが銀座の歩行者天国での試食販売。アメリカ出張で、コーラ片手に立ったままフライドチキンやハンバーガーを食べる人の姿を見た安藤は、日本にも必ずファーストフードの時代が来るに違いない、そして、「カップヌードル」は日本を代表するファーストフードとして若者に受け入れられるだろうと考えた。そこで安藤が着目したのが、若者の集まる場所であった銀座の歩行者天国である。「カップヌードル」の試食販売を実施したところ、たちまち注目を集めて予想をはるかに超える人が押し寄せた。長髪、ジーンズ、ミニスカートという当時最先端のファッションをまとった若者たちが、立ったまま楽しげに食べる様子を見た安藤は、食は時代とともに変わることを確信した。そして「カップヌードル」は、安藤の予感通り、その後はじまる日本のファーストフード時代の先駆けとなった。容器2

 

(執筆者:岡崎健浩、日清食品ホールディングス株式会社)

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